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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)5970号 判決 1974年6月17日

原告

久豊定市

外一〇名

右原告一一名訴訟代理人弁護士

山下豊二

外三名

被告

昭和海運株式会社

右訴訟代理人弁護士

市川渡

主文

一  被告は、原告らに対し、それぞれ別紙目録記載の認容額欄の金員を支払え。

二  被告は、それぞれ、

1  原告久豊定市に対しては金八、一三〇、〇〇〇円

2  原告出口ノブ子に対しては金四、四五八、〇〇〇円

3  原告出口絹子、同出口由美子、同出口泰則、同出口厚子に対しては各金一、九七九、〇〇〇円

4  原告西沢アサノに対しては金四、二二九、〇〇〇円

5  原告西沢福江、同西沢登美子、同西沢富之、同西沢寿洋に対しては各金一、八六四、〇〇〇円

に対する昭和四五年三月九日以降ただし1のうち金三〇〇、〇〇〇円については同月一五日以降右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用中、原告久豊定市と被告との間に生じた分は、これを二分し、その一を同原告の負担、その他を被告の負担とし、その余の原告と被告との間に生じた分は、全部被告の負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一フルムーン号と第二三大宝丸が衝突したことは、当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、出口溢夫および西沢源義は、第二三大宝丸に乗り組んでいたが、同船が右衝突により沈没したため、昭和四五年三月九日午前四時四五分頃北緯三四度三六分、東経一二九度五五分附近の海上で死亡したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二フルムーン号組員の過失

右事実に、<証拠略>を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  貨物船フルムーン号(六、四七八総トン、九、九五三重量トン、機関ディーゼルエンジン、四、九〇〇馬力、フランス船級協会登録)は、昭和四五年三月九日午前〇時一八分頃雑貨約二、〇七〇トンを積載し、釜山港より門司港に向け出港したが、釜山港外検疫浮標付近を通過後は針路を一二八度に定め全速の一四ノット四分の一で航行を開始した。同船一等航海士高善琴は、同日午前四時より当直勤務のためプリツジに立つたが、同四時五分頃左舷船首約二二度三〇分三浬ばかりの水域に一団の漁船白色灯(船尾灯)を視認した。

(二)  当時、右水域では原告久豊定市所有の第七大宝丸船団(網船第八大宝丸、灯船第一五、第二三、第二八大宝丸、運搬船第三一大宝丸、盛光丸の六隻をもつて構成)が旋網作業に従事していたが、右船団中の灯船第二三大宝丸(総トン数32.25トン、機関ディーゼルエンジン、一五〇馬力)は、午前四時頃長崎県上県郡上対馬町慰殿埼灯台から東微南約二〇浬のところで網船からの指示により、新たな魚群探索の目的で針路を南東微南に定め(操舵していたのは船長船原宣利)、全速の七ノットで進行を開始した。

(三)  フルムーン号一等航海士前記高善琴は、前記一団の白色灯を視認した後もそのまま同一針路、同一速力でフルムーン号を進行せしめていたところ、その方位がほとんど変らず、しかもその距離が次第に接近してくる白色灯一個(第二三大宝丸の船尾灯)を視認し、次いで同船の録灯(右舷灯)の余光(同船の側光遮光装置は必ずしも充分でなかつた)をも認めるようになつたが、依然としてその方位はほとんど変らなかつた。その後、右の諸灯は交互に隠見したが、当時は南西方向より風が吹いており波浪もかなりあつたため、船首の横振れを看過した同航海士は、同船がフルムーン号と横切り関係にあるものと速断し、同船において避航するものと信じて同一針路のままフルムーン号を進行させたところ、同四時二八分半頃両船はますます接近したため、同航海士は始めて衝突の危険を感じ、針路を右に転ずる旨の短音一回の汽笛を鳴らすとともに、右舷を操舵手に命じたが、第二三大宝丸はすでにフルムーン号左舷船首至近のところに迫つたので、機関を停止、次いで右舵一杯を命じたが間に合わず、同四時二九分頃前記灯台から一〇三度約二二浬のところで、フルムーン号左舷船首が第二三大宝丸の右舷後部に後方から約一六度の角度で衝突した。

(四)  右衝突の結果、フルムーン号は左舷船首外板に軽微な凹傷と擦傷を生じ、推進器翼の一部に亀裂を生ずるに至つたが、第二三大宝丸は瞬時に左舷側へ横転して沈没し、同船甲板員出口溢夫、同西沢源義の両名は脱出が遅れ、海中に呑まれて死亡した。

右の事実によれば、右一等航海士高善琴は最初第二三大宝丸の船尾灯を視認し、次いで同船の右舷灯を認めたことにより、フルムーン号が第二三大宝丸に対し追越船の関係にあつたことを知りうべきであつたのであり、したがつて、国際海上衝突予防規則第二四条(a)項前段により避航義務を負うべきものであるにも拘らず、右措置を速やかにとらなかつた過失があるといわなければならない。右誤信については、船首方向の横振れ、第二三大宝丸の遮光装置不備により視認圏の範囲が若干正確を欠いた事情はあるにしても同規則二四条(c)項の趣旨からも過失を免れることはできないものというべきである。

三賠償義務者

1  原告らは、まず、右船舶衝突により原告らが蒙つた損害の賠償義務は、商法七〇四条により、船舶賃借人である被告が負うべきであると主張し、被告は、右賠償義務者は、船主であるフルムーン・マリタイムであると主張するので考える。

本件定期傭船契約書および右契約の基準とされた「バルト海白海同盟統一定期傭船契約書」(右事実は、<証拠略>により、これを認める。)の一三条一項二文において定められた船主の免責の範囲が、いわゆる海技事項および商事々項の両者を含むか、または商事々項に限られるかについては、争いがある。しかし、元来、定期傭船契約は、契約当事者を規律し、その内容関係において、相互の責任範囲を定めるものであつて、対外的に第三者を拘束するものではないのであるから、右契約の条項の解釈によつて、ただちに対第三者関係における責任の所在を決定するのは適当でないといわなければならない(したがつて、被告主張の準拠法の問題には立ち入らない。)。

2  そこで、<証拠略>により、被告フルムーン号の利用の実体をみるに、被告は、フルムーン・マリタイムから、すでに艤装を施されたフルムーン号を船長以下乗組員の配乗つきで一定期間借り受けて引渡を受け、フルムーン・マリタイムに対し傭船料を支払い(右法律関係の法的性質の点は、しばらく措く。)、右船舶を自己の営業目的に従い航海の用に利用していたのであり、そのため被告は、船長に対し、一定の範囲で指示命令する権限を有し、たとえば甲港から乙港へ航海すべきことは被告が命令するのであつて、<証拠略>によれば、本件の場合でも、被告からフルムーン号の配船指図書が交付され、同船長が右指図に従い釜山港から門司港へ向けて航海していたところ、その途中、本件衝突事故が発生したことが認められるのである。船長その他の乗組員は、被告が雇傭したものでなく、前記指示命令権は、海技事項(たとえば航路の選定)には及ばないけれども「船長は、すべての航海を極力迅速に遂行し」なければならず(九条一項一文)、被告において、船長などの行為を不満足とするときは、フルムーン・マリタイムに対し、その交替を要求することができる(同条二項)のである。それゆえ、定期傭船者である被告の船長に対する指示命令権は、その範囲および実効性の面において、実質的には、使用者のそれに比肩しうる実体を備えているということができる。

右のことは、フルムーン・マリタイムの実体に徴しても首肯するに足りると考えられる。すなわち<証拠略>、フルムーン号の船籍はリベリヤであるが、同国の税制が低率であり、労働条件も緩やかであるなど船主にとつて大幅な経費節減となる有利な条件のため、第二次大戦後、同国の置籍船が急激に増大した反面、船主たる会社の実体が明らかでないものが少なくなく、本件フルムーン・マリタイムもリベリヤに事務所はなく、本件定期傭船契約を締結した被告自身すら、フルムーン・マリタイムの所在および実体を把握していないことが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。かような状況であるから、フルムーン・マリタイムが、船長その他の乗組員の使用者として、海技事項に関し指揮監督を行なう立場にあるといつても、どれだけその実質が具備されているかは、甚だ疑わしく、フルムーン・マリタイムの右使用者性を余り重視することは、却つて、本件定期傭船の利用の実体から離れ、不当というべきである。

3  およそ前述のような観点からみれば、定期傭船者である被告の第三者に対する地位は、商法七〇四条一項の船舶賃借人に類似しているというべきであるから、被告は、同条項の類推適用により、原告らに対し損害賠償の義務を負うものといわなければならない。

なお、本件は、公海上において発生した船舶の衝突にかかる事案である。公海であるから不法行為地法というものはない。そして、本件は、日本人が日本法人に対して請求する訴訟であるから、旗国法などの問題が生じる余地はなく、当事者双方の本国法である日本法が適用になるのである。

四被告が賠償すべき損害

1  原告久豊定市の分について。

(一)  本件事故により沈没した右原告所有の第二三大宝丸の船体および属具の事故当時の価額は、<証拠略>によれば、金七、八〇〇、〇〇〇円であつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

<証拠略>によれば、原告代理人山下豊二が社団法人日本海事検定協会に対し右鑑定<証拠略>の費用として金三〇、〇〇〇円を支払つたことが認められる。右は、本件が、沈没した船舶の損害賠償を求める訴訟であることおよび右鑑定費用の額からみて、本件事故によつて生じた損害ということができる。

(二)  <証拠略>によれば、原告久豊定市は、昭和四五年三月一五日船主として、亡出口溢夫、西沢源義のため合同葬儀を執り行ない、金三〇〇、〇〇〇円以上の費用を支出したことが認められるが、右は、本件事故による損害ということができる。右原告の、金三〇〇、〇〇〇円の請求は理由がある。

(三)  原告久豊定市は、第二三大宝丸の船体および属具の時価相当の損害の外に、慰藉料一〇、〇〇〇、〇〇〇円の支払を求めている。

<証拠略>を総合すれば、原告久豊定市の経営する旋網漁業は、第八大宝丸船団により行なわれているが、右船団は、主船網船第八大宝丸、灯船三隻(第一五、第二三、第二八大宝丸)、運搬船二隻(第三一、第三二大宝丸)の計六隻をもつて一ケ統に組織され、これが有機的に動いて操業するものであること、本件事故のため昭和四五年三月一〇日から灯船一隻を缺いたまま操業せざるをえなくなり、手を尽くして代りの灯船を求めたが、ようやく同年七月七日訴外東洋漁業株式会社から第二七源福丸(総トン数35.35トン)を代金四、〇〇〇、〇〇〇円で購入することができ、修理を加えたうえ、同年九月一日から右船団に加えるに至つたこと、しかし、右三月一〇日から八月三一日までの間は、灯船二隻で操業したため、投網後、潮に流される網の環を調整する作業などが思わしくなく、漁獲が少なくなり、昭和四二年から同四六年までの間最も水揚高の少なかつた昭和四三年度と比較しても、右同一期間において水揚高が約三千数百万円減少していることが認められる。そして、右原告は、船団が完全な一ケ統として操業できなかつたことにより船団自体の受けた損失があると主張するのであるが、前認定のように、代りの船舶が容易に入手できなかつたこと、第二三大宝丸が灯船として船団の中で前述のような役割を果していたものであることは、特別事情に属するものであるといわなければならないから、加害者側において右事情を知り、また知りうべきものであつたことにつき何ら証明のない本件においては、右船団の操業上の損失は、慰藉料としてはもとより、財産上の損害としても、これを請求しうる理由はないというべきである。

(四)  <証拠略>を総合すれば、本件事故の後、本件原告らは、原告久豊定市を通じて被告に対し、損害の賠償を求める交渉をしていたが、中々進捗しないため、弁護士山下豊二に訴訟委任をして訴を提起するのやむなきに至り、その際、同弁護士に対し、着手金および報酬として、それぞれ請求額の五分(計一割)に相当する金員を支払う旨を約したことが認められるが、右金額は、本件事案の性質、難易、請求額その他の事情に照らし相当と認められるから、これも本件事件による損害として、その賠償を求めうべきものである。その額は、原告久豊定市については、認容額の一割すなわち金八一三、〇〇〇円である。

(五)  そこで、右原告の請求中、金八、九四三、〇〇〇円およびうち金八、一三〇、〇〇〇円に対する、本件不法行為時である昭和四五年三月九日以降(ただしうち金三〇〇、〇〇〇円については同月一五日以降)右支払ずみに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があり、その余は理由がない。

2  原告出口ノブ子、同出口絹子、同出口由美子、同出口泰則、同出口厚子の分について。

(一)  <証拠略>を総合すれば、出口溢夫は、大正一三年一一月八日生で死亡当時四五才であつて、第二三大宝丸の甲板長として年間金八四五、〇〇〇円の収入(漁獲に対する歩合給、最低保証一か月五五、〇〇〇円)を得ており、本件事故に遭遇しなければ六三才まで一八年年間同種の稼働を続け、少なくとも右同額の年間収入を得たであろうこと、その間同人の生活費は、右収入の六分の一であると認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そこで、右数字を基礎としてホフマン式計算法により年五分の中間利息を差し引いて、事故当時における損害を算定すると(係数は、12.603)、金八、八七四、六一六円となることは、算数上明らかである。

<証拠略>によれば、原告出口ノブ子は出口溢夫の妻で、その相続分は三分の一であり、その余の原告は出口溢夫の子で、その相続分は各六分の一であるから、右損害賠償請求権のうち、原告出口ノブ子は金二、九五八、二〇五円を取得し、その余の原告は、各金一、四七九、一〇二円を取得した。そのうち原告出口ノブ子が金二、九五八、〇〇〇円を請求し、その余の原告が各金一、四七九、〇〇〇円を請求するのは、理由がある。

(二)  <証拠略>を総合すれば、原告出口ノブ子は、昭和三年生月町に生れ、昭和二三年出口溢夫と結婚し、その後も同町で夫の漁業による収入のみに頼つて生活してきたこと、本件事故当時四人の子があり、長女原告出口絹子(昭和二四年生)の外は、二女原告出口由美子(昭和二六年生)、長男原告出口泰則(昭和二九年生)、三女原告出口厚子(昭和三二年生)が何れも未成年であつて、夫の元気な頃は、収入も次第に増加し、昭和四一年頃には約二〇坪の土地建物も購入し、貯金も僅かながらでき、生活もようやく安定し、子供達の将来を楽しみにしていたのに、夫の急死に遭遇して、原告らの生活の基盤は失われ、二女は集団就職で大阪方面に出ており、長男も、学資が不足して海員学校をやめ、漁船に乗り組んで生計を助けていることが認められ、その他本件に顕われた諸般の事情によれば、原告らの請求しうべき慰藉料は、原告告出口ノブ子が金一、五〇〇、〇〇〇円、その余の原告らが各金五〇〇、〇〇〇円であると認めるのが相当である。

(三)  右原告らは、原告久豊定市の分について説示したと同一の理由にり、右認定額の一割に相当する弁護士費用を損害として請求しうべきであるから、その額は、原告出口ノブ子が金四四五、八〇〇円、その余の原告らが各金一九七、九〇〇円である。

(四)  そこで、右原告らの請求中、原告出口ノブ子が、金四、九〇三、八〇〇円およびうち金四、四五八、〇〇〇円に対する前記昭和四五年三月九日以降右支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、その余の原告らが、各金二、一七六、九〇〇円およびうち金一、九七九、〇〇〇円に対する右同日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める部分は理由があり、その余は理由がない。

3  原告西沢アサノ、同西沢福江、同西沢登美子、同西沢富之、同西沢寿洋の分について。

(一)  <証拠略>を総合すれば、西沢源義は、大正一二年一二月二〇日生で死亡当時四六才であつて、第二三大宝丸の甲板員として年間金七七五、〇〇〇円の収入(漁獲に対する歩合給、最低保証一か月金五五、〇〇〇円)を得ており、本件事故に遭遇しなければ六三才まで一七年間同種の稼働を続け、少なくとも右同額の年間収入を得たであろうこと、その間同人の生活費は、右収入の八分の一に相当するものと認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そこで、右数字を基礎としてホフマン式計算法により年五分の中間利息を差し引いて、事故当時における損害を算定すると(係数は、12.0769)、金八、一八九、六四七円となることは、算数上明らかである。

<証拠略>によれば、原告西沢アサノは西沢源義の妻で、その相続分は三分の一であり、その余の原告は西沢源義の子で、その相続分は各六分の一であるから、右損害賠償請求権のうち、原告西沢アサノは金二、七二九、八八二円を取得し、その余の原告は、各金一、三六四、九四一円を取得した。そのうち原告西沢アサノが金二、七二九、〇〇〇円を請求し、その余の原告が各金一、三六四、〇〇〇円を請求するのは、理由がある。

(二)  <証拠略>を総合すれば、原告西沢アサノは、昭和四年生月町で生れ、昭和二四年西沢源義と結婚し、じ来町で生活し、長女原告西沢福江(昭和二五年生)、二女原告西沢登美子(昭和二六年生)、長男原告西沢富之(昭和三〇年生)、二男原告西沢寿洋(昭和三三年生)をもうけたこと、西沢源義は、西沢家に養子に入つたもので、家族は、右の外原告西沢アサノの両親および知能のおくれた弟秀夫があり、野菜畑が少しと若干の貯金、昭和三〇年頃購入した土地約五〇坪とその地上の建物を所有する外は、西沢源義の漁業による収入を唯一の頼りとして生活してきたこと、西沢アサノは、本件事故によつて突然夫を失い、収入の途がたたれ、未成年の子供達や前記の扶養家族を抱え、一時は悲嘆の底にあつたが、現在、原告西沢アサノは、日雇で働き、長女は平戸市は平の医院に、二女は名古屋方面の紡績工場に勤め、長男はタンカーに乗つて、それぞれ収入を得、ようやく生活を支えていることが認められ、その他本件に顕われた諸般の事情によれば、原告らの請求しうべき慰藉料は、原西沢アサノが金一、五〇〇、〇〇〇円、その余の原告らが各金五〇〇、〇〇〇円であると認めるのが相当である。

(三)  右原告らは、原告久豊定市の分について説示したと同一の理由により、右認容額の一割に相当する弁護士費用を損害として請求しうべきであるから、その額は、原告西沢アサノが金四二二、九〇〇円、その余の原告らが各金一八六、四〇〇である。

(四)  そこで、右原告らの請求中、原告西沢アサノが、金四、六五一、九〇〇円およびうち金四、二二九、〇〇〇円に対する前記昭和四五年三月九日以降右支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、その余の原告らが金二、〇五〇、四〇〇円およびうち金一、八六四、〇〇〇円に対する右同日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める部分は理由があり、その余は理由がない。

五よつて、原告らの請求中、右理由がある部分を認容し、理由がない部分を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(杉田洋一 大沼容之 打田千恵子)

目録

請求額(円)

内金(円)

認容額(円)

(1)

(2)

1

久豊定市

一九、九三三、〇〇〇

一七、八三〇、〇〇〇

三〇〇、〇〇〇

八、九四三、〇〇〇

2

出口ノブ子

五、四四八、〇〇〇

四、九五八、〇〇〇

四、九〇三、八〇〇

3

出口絹子

二、七一九、〇〇〇

二、四七九、〇〇〇

二、一七六、九〇〇

4

出口由美子

二、七一九、〇〇〇

二、四七九、〇〇〇

二、一七六、九〇〇

5

出口泰則

二、七一九、〇〇〇

二、四七九、〇〇〇

二、一七六、九〇〇

6

出口厚子

二、七一九、〇〇〇

二、四七九、〇〇〇

二、一七六、九〇〇

7

西沢アサノ

五、一九九、〇〇〇

四、七二九、〇〇〇

四、六五一、九〇〇

8

西沢福江

二、五九四、〇〇〇

二、三六四、〇〇〇

二、〇五〇、四〇〇

9

西沢登美子

二、五九四、〇〇〇

二、三六四、〇〇〇

二、〇五〇、四〇〇

10

西沢富之

二、五九四、〇〇〇

二、三六四、〇〇〇

二、〇五〇、四〇〇

11

西沢寿洋

二、五九四、〇〇〇

二、三六四、〇〇〇

二、〇五〇、四〇〇

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